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- 2020.03.07 Saturday
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JUGEMテーマ:いぬのきもち
茶歩 お疲れさん。
精一杯生きたね。
有難うね。
ワンワンと まもなく17歳の老犬とは思えないハリ艶のある大声。
未だにソファに ジャンプで乗り降りするし
悪ふざけしては 私と駆けっこをしたがる。
そうだね この仔はきっと
ある日 コト・・・っと フイに心臓が止まるのかもしれない。
介護する暇もなく。
いずれにしろ その日はそこまで来ている。
「この仔がいなくなる日」を想えば
やっぱり たまらなく怖くなるけれど
先に逝ったまるの事を思い出せば
少なからずともパピ子には
最期まで自分の力で歩ける事の自由は 残されていると思いたい。
そうやって 今 彼女の幸せを一つ一つ数える。
だけど数えてみたところで 多分
送り出した後から後から染み出してくるモノとの相殺には
なりはしないのだとわかっているのに。
どれだけ充実した日々を過ごしたようでも 別れのすぐ後は
あれもこれも間違っていたかのように見えてしまうから。
それでも 数えてしまうのは
失ってしまった後の怖さや寂しさへの自己防衛なのだろうか。
まるは 亡くなる1週間前から自宅で点滴を付けたままだった。
私はその状態を随分迷い 彼女が逝った後は
「外してやれば良かった」と悔やんだが
母に言わせれば「付けたままで良かった」と言った。
「外していたならば 点滴を外したから死んだんじゃないかと
あなたが後悔しただろうから」と。
そう どちらを選択しても後悔だ。
それが 愛犬との別れなのだと知った。
この仔たちは サヨナラの合図はしても
確実な言葉を話さない。遺さない。
話せないその言葉を 私達自身に委ねたまま旅立って行く。
後に残された私達は その委ねられた言葉を求めて
ただただ自問自答する。
苦しくなかった? 幸せでいてくれた? と。
いつも 自由に空を舞うトンを眺めていたいのは
きっとその姿に救いを感じるからなのか。
そこに まるの姿を重ねるからなのか。
会いたいね とか 元気でいる? とか
そんな問いかけを
下と上の真ん中で トンが繋いでくれるような夢を見るからなのか。
言葉も無く旅立ったあの仔の 今の言葉を探して今日も見上げる。
「自由だよ。こんなに走れるよ。こんなに飛べるよ。」
ああ 本当に。 本当に そうでありますように。